2014年3月13日木曜日

新しい生命(いのち)

朝から雨。
初めて心観(こころみ) に植えました。 白のタレ梅 一本。



ピンクのタレ梅 一本。


紅白のタレ梅 一本。


小さな生命(いのち)が、生まれていました。


今、生命(いのち)の息吹が、あちらこちらから聴こえます。


2014年3月12日水曜日

高蔵寺地区女性学級閉講式


法話 「 どうして!!   なぜ? 」密蔵院住職 田村圓心 

我々がお互いのことを、どれほど知っているのか?
知らないことが 80%  いや98%  。知っているとの思い込みで生活している。

自分の損得が生じる時、気がつく。夫婦なのに?。友人なのに?。家族なのに?。
どうしたんだろう?。


我々は、自分が正しいと思っています。 なぜか。一人一人が経験しているからです。
一人一人が正しいのです。間違った記憶をしていても。本人は、気がつかない。
相手が、おかしいと思う。

数学の考え方を得意としている人生の人が、国語の考え方を得意としている
人生の人と話しをしている時、数学の思考で、国語の話しを聞いていても、理解できません。


理解するためには、数学思考者は国語を、国語思考者は数学を少し学べば良い。
だから、学校では、数学、国語、理科、社会など多くを学ぶ。
( 実際は、全ての思考回路が総合的に働くのです。) 

生きている生命(いのち)は、数学の思考回路、国語の思考回路、理科の思考回路、
社会の思考回路など多くの回路が同時に複合して働く。しかし、苦手な思考回路もある。

その苦手な思考回路に、自分の損得が働いて、得意な思考回路を優先させる。
つまり、我が出します。

相手を理解できない自分に気がついた人は、今からでも遅くはありません。

「どうして? 」「 なぜ?  」と、学ぶこと、聴くこと、素直さ、今が大事。

はじめた時から、人生の幸福感が生み出されます。アップして行きます。
ただし、「自分を勘定に入れず」に、はじめることです。


2014年3月3日月曜日

元三大師 厄除開運護摩供


毎年3月3日 10時〜16時 2月から申込み。当日受付も可

隔月の1/3  3/3  5/3  7/3  9/3  11/3  10時〜11時 。
電話で予約必要です。 090-5049-6373。お名前、電話番号をお知らせください。

心願成就。厄除開運。方位除災。旅行安全。良縁成就。子宝成就。安産成就。
運気改善。商売繁盛。受験合格。 その他、 諸願の成就。

元三大師の本来の名は、慈恵大師良源。亡くなった日が1月3日なので元三と言われます。
比叡山の元三大師堂を開かれました。日本のおみくじの祖でもあります。
観世音菩薩の化身と言われます。


2014年3月1日土曜日

不登校•ひきこもり 経験から学ぶ


理解することからはじめる、居場所づくり~


不登校になった私。ひきこもりになった私。
先生•••••   助けて
声がとどかない。どうして?  うらぎられ感がつのる

母親はビックリ!  突然のことに、頭が真っ白になり、思考が停止する。
育て方を間違ったのか。自分を責める母、父は母を責める。

責められている母を見て、子は自分を責める。
そして、父を怨み、母さえも怨む。   いやな自分が、そこにいる。


いつまで続くのか、閉じこもった私。それでも時間は、無関係に流れる。
母は悩み続け、小手先で先々の心配を押しつける。それがカンにさわる。

自分のことしかない勝手な思い込みで。 。。。。。突然、気づく母
世間体を気にする自分の悩みであることに、そこに子供はいない。

囚われすぎていることに、思いが至る。母の涙が止まらない。
子を包み込み、「ごめんねっ    、、、声にならず。気づいてやれず。」



「でも、私も知らないことが沢山あるの。あなたのことを。」
子は、その一言に、自分も知らない母を観る。父を観る。

求め続けている自分を観る。責め続けている自分を観る。
世間や親に責任を転嫁している自分を観る。自分のことなのに。

私は、なぜ聞こうとしないのか?  聴こえないのか?    なぜ?。

自分を観つめ直すことが、最初の一歩だと思う。すると、聲が聴こえる。
心配してくれる聲が聴こえる。信頼できる聲なのだ。

私は変われる。ありのままの姿で良いと気づき。考え方が変わった。

もっと自分のことを話そう。もっと父母のことを知ろう。楽しいことを見つけよう。

お互いが自分勝手な思い込みで、自分をしばらず。もっと、色々な聲を聴こう。
そして、役に立つ自分が、そこに居ることを観る。

       母は山の神。子はかすがい。父は仏。
       母なる大地は、子を育(はぐく)み。父は暴風雨から母と子を護る。自分を勘定に入れず。

        お互いは、縁ある救い主なのだから。認め合うことを学ぼうよっ! 。

2014年2月23日日曜日

岡崎少年愛護センター指導員大会

演題  忘己利他 もうこりた  密蔵院住職 田村圓心 

救いを求めている相手に、自分の物差しや色メガネは必要ない

相手の心の声を聴くことである。聞くではない。聴くである。

私の心の師である宮澤賢治の「じぶんを勘定にいれず」である。


つまり、己れを忘れるの忘己である。すなわち、即利他となる。

「じぶんを勘定に入れず」に成った時、人は、頼って来る。救ってほしいと。
そこには、損得を感じさせない、あなたが居る。

今、存在している一個の生命(いのち)は、全部の生命(いのち)

一個の悲しみは、全ての悲しみ。共に生きて、共に功徳を得たい。

そう言う私も、一隅の心のともし火でありたい。

2014年2月14日金曜日

びっくり今年二回目の雪

あなたの中の仏(優しさ)に会いに

六道輪廻の苦の世界
怒るも、笑うも、損得も、自己本位


仏の心に会いたいと、お授戒受けて、めぐりあい
己が仏に気がつけば、全ての縁のありがたさ

 
生老病死は、ままならぬ。念(おもう)にならぬ世界なら
もらった命に、ありがとう
いただく命に、ありがとう


まかせて、気づきにありがとう
残りの命に、ありがとう
念(おもう)にならぬ、欲ならば、少しの欲に満足し


損得すてて、分け与え、鬼とならずに、感謝され
仏様(お助け頂いた人)よと
手をあわされて


気づけば、己が苦しみが、取り除かれて、救われて
念(おもい)が、成ったと手をあわす


祈りは、心の仏なり
救いは、心の仏なり
世界は、すべて仏なり


共に生きる縁(えにし)なら
共に功徳も得くるなり